最近思うこと
今朝雨戸を開けようとカーテンを引いたとき、ずいぶん汚れているのに気がついた。そういえばこのカーテン洗ったのいつだったかなあ?そろそろ洗わないと夏場は臭いも気になる。
この頃家事の手抜きが半端な物ではなくなってきた。一生懸命になれないのだ。昔はとにかく一生懸命だった。こまめにあちらこちら片付けたものだ。この頃は手を付けるのにずいぶんな決心が要る。
思うに、自分の存在価値に問題があるようだ。昔は自分が主人や子供たちから必要とされる存在だと感じていたのではないかなあ。子供たちのため、主人の為一生懸命掃除もしたし、料理もした。ところがこの頃子供たちもすっかり大きくなって自分の世界をもってるし、主人も仕事の忙しさに没頭して私とはゆっくり話すこともない。私は確かに役には立つが必要とまではいえない存在になったのではないだろうか?その感覚が私から一生懸命さをそいで行ったのではないだろうか、とふとそう思った。
この「必要とされる」と「役には立つ」との間には気持ちの上でなんともいえない寂しさを伴う違いがある。もちろん子供たちの役にたって上げられるというのはとてもうれしいことなのだが、役に立つという言葉には「別に私でなくても・・・」というニュアンスが含まれている。お母さんでなくてはだめだったあの小さな子供たちはもうどこにもいないのだ。仕事に出たり、趣味に没頭したり他の世界もあるにはあるが、家の中で絶対に必要とされているという感覚がないというのはなんとも寂しいことだ。これが「空の巣症候群」ってやつなのかなあ?
あるいは、・・・・掃除をしないことへの大仰な言い訳?







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